旅
この春は、チェロを担いで美しい国・日本をずっと旅していた。神戸、沖縄、そしてまた神戸、愛媛、福岡、長野、名古屋、神奈川と。
バッハの無伴奏チェロ組曲のツアーということもあり、孤独な一人旅でもあった。そしてこれは本当に幸運なことなのだが、満開の桜を各地で楽しんだ。
美しい。桜は本当に美しい。
大学生の頃、学校の近くの喫茶店から満開の桜を見て、涙をにじませた記憶がある。だけど僕はいつから桜を美しいと感じるようになったのかがどうしても思い出せなかった。しかし結局そんな事はどうでもよく、松山城の桜を全身に浴びながら、美しい物を見て素直に感動出来る自分に喜んだ。
宇和島でのコンサートの後、満開の桜の下で、素敵な宴を催していただいた。
10人ほどの宴であったが、みな音楽を語り、チェロを語り、バッハを語り、芸術を語った。少々強めの風に吹かれて散る花びらが、途絶える事のないその会話を包みこんでいた。
そしてある人がこう切り出した。
「どうして桜を美しいと思うのだろう。どうしてバッハで感動できるのだろう。」
僕は内心こう思った。あなたがそう感じることの出来る心を持っているからじゃないですか と。
フランスの新大統領が「京都はつまらない」とか「相撲は肥満体同士の取っ組み合い」、さらには「皇居の庭園なんかは陰気なだけ」などと言っていたらしい。
フランスも、ついにその程度の人間が政権をとる国になってしまった。フランスから美意識を取ったら何が残る?「美しい国、日本」と連呼する首相もいるが、その言葉が嘘っぽく響くのは何故だろう。美しい物を感じることが出来ない首相であれば、フランス同様情けない。
美しい国というのは、美しい物を美しいと感じる人がいっぱいいる国だと思うのだが、どうだろう?
そして、心からコーヒーを愛している人がいない国では、「美味しいコーヒー」ほど意味の無い物はない。
2007年 6月 Hiroyasu
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Posted by staff@2007/6/28 木曜日21:54:38
J.S.バッハ/無伴奏チェロ組曲〜神戸公演に向けて〜
既に地球的財産であり、人類の至宝とも呼べる「無伴奏チェロ組曲」は、僕が今更何を語ってもとうてい語り尽くせる物ではないものだ。しかも文章で語るのではなく、演奏で語る事を目指したい作品である事だけは間違いのないところだと思う。
僕の音楽人生において、いつもバッハの「無伴奏チェロ組曲」は身近にあった。
いや、
僕の音楽人生は、バッハの「無伴奏チェロ組曲」に静電気に集まる塵の様にまとわりついてきた、と訂正させていただきたい。
バッハが一番好きな作曲家であっただけでなく、入学試験から大学に入ってからの試験、オーディション、コンクール、すべてにおいてこの「無伴奏チェロ組曲」が課題曲であったし、節目では必ず弾いてきた。
そして、オーケストラや室内楽に生活の大半を費やして来た僕にとって、一人になる時間として、自分や自分のチェロを見つめる貴重な時間として、この「無伴奏チェロ組曲」は最も重要な曲であることは間違いない。
その「無伴奏チェロ組曲」の作曲年代には諸説あり、一般的には1720年頃、バッハがケーテンの宮廷楽士の頃に作られたと言われているが、最近ではもっと前のワイマール時代に書いたのではないかという説が有力になっている。
子供が10人以上いて、家の中はいつもザワークラウト(キャベツの酢漬け)の匂いが充満していたというバッハの家庭からどのようにしてこの作品が生まれたのかは、明確な答えが見つからないだけに、とてもロマンに満ちている。しかもバッハ自身の自筆譜が現在では見つかっておらず、2番目の夫人、アンナ・マグダレーナ・バッハの写譜しか現存していない。写譜と言ってもあたかもバッハの自筆譜に見間違える程美しい楽譜である。
いや、もうこういう事はいいだろう。研究者に任せ、多種多様な文献での諸説を読んで楽しんで頂ければと思う。
僕は昔からこの作品を、大きなホールではなく、こじんまりとした空間で演奏したかった。そしてバッハ、演奏者、聴衆との語らいの場所とする事が夢でもあった。
常にフローリングの上にある埃の様にバッハにまとわりついて来た名古屋生まれの男が、松尾芭蕉が奥の細道の旅に出た頃イタリアで作られたグランチーノというチェロと、ペリーが開国を迫った頃に作られたフランスの弓で、徳川吉宗が将軍となり享保の改革を掲げた頃作られた、ドイツの「無伴奏チェロ組曲」を演奏する。
・・・さすが神戸。なんとも国際色豊かである。
2007年4月 Hiroyasu
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Posted by staff@21:53:20
僕とバッハ
「音楽の父」と言われるJ.S.バッハと出会って30年程経つ。
小学生当時、図書館で「バッハ」という伝記を何度も読み、さらにその 本の一番後ろに書かれていたバッハの作品一覧という所をずっと眺めていたような少年だった。
『コーヒー・カンタータ』『ブランデンブルグ協奏曲』『マタイ受難曲』『無伴奏チェロ組曲』・・・・etc
そんな曲名から勝手にどんな曲かを妄想しては、いつか聴きたいと思い、お小遣いがたまるとレコードを買って聴いた。
小学生で『マタイ受難曲』を聴くとは、まあなんと早熟で聡明な天才少 年かと思われる方もいらっしゃるかもしれない。
が、どっこい、ドラえもんや天才バカボン等の漫画を読み過ぎて、ただただ視力の悪い、熱烈な中日ドラゴンズファンの野球少年だった。
でも、毎朝ブランデンブルグ協奏曲を聴いてから学校へ行く程、バッハが大好きだった。
音楽大学の入試には必ずバッハの無伴奏チェロ組曲を弾かなくてはならない。
大学に入ってからの試験においても、必ずバッハは課題曲として君臨していた。
さらにはコンクール、オーディション、海外の講習会と、いつでもバッハの無伴奏チェロ組曲は課題曲として僕の目の前に立ちはだかり、歳を重ねるごとにバッハという壁はどんどん高くなっていった。
好きだと言えなくなっていた時もあった。
その壁を越えようと飛んだり跳ねたり、壁に穴をあけたりの30代が終わったところで、壁は越えられないと悟った。
いや、超えようとするものではないと思った。兎に角向き合って対話をする事だと。そして続ける事だと。
今はひたすらあの素晴らしい楽曲との対話を試みては毎日が終わっていっている。
そんな僕は、3月23日の神戸を皮切りに全国12カ所での無伴奏チェロ組曲全曲ツアーの旅に出る。
すべて一人舞台とはいえ、バッハと一緒の旅という事がなにか嬉しい。
10年前に亡くなられた師匠に、昔質問した事がある。「バッハの最高の演奏というのは、いったいどんな演奏なんですか?」 と。
師匠は大好きだったコーヒーを飲みながら、また愛してやまなかったタバコをふかしながらこうおっしゃった。
「多分君より先にバッハに会えるだろうから、聞いておくよ」と。
今頃聞いて下さっているのかもしれないが、師匠からの連絡はまだない。
2007年3月 Hiroyasu
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Posted by staff@19:22:07
更新情報
2010.03.04 2010年3月スケジュール追加しました。 (続きを読む…)
Posted by staff@2007/6/21 木曜日11:30:24
更新情報
2009.09.24 アーティスト情報更新しました。
2009.06.23 山本裕康監修Tシャツ発売情報追加しました。
2009.05.26 石田泰尚(Vn)New Release更新しました。
2009.03.22 News更新しました。 (続きを読む…)
Posted by staff@2007/6/19 火曜日11:52:17
石田泰尚グッズ絶賛発売中!
石田泰尚監修グッズ絶賛発売中です。
尚、収益の一部は本人賛同のもと、地雷除去の資金へ寄付します。
詳しくはコチラ
Posted by staff@2007/6/18 月曜日23:05:25
更新情報
2010.03.07 11月25日出演情報追加しました。
2010.03.04 6月15日,10月15日、12月11日、2011年2月16日出演情報追加しました。
2010.01.29 4月6日,7月3日出演情報追加しました。
2010.01.09 2009年印象的だったコンサート追加しました。 (続きを読む…)
Posted by staff@11:48:07

